西郷隆盛の名言から、そして意味から○○

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幕末時代、人気がある西郷隆盛。

西郷隆盛の名言

そして意味って?

ゲームやテレビなどでも人気の西郷隆盛。

今回のお話は西郷隆盛で名言など紹介しますので

最後までご覧ください。

西郷隆盛の紹介

西郷

西郷隆盛*(さういごう たかもり)

1828年1月23日~1877年9月24日(満49歳没)
薩摩国鹿児島城下加治屋町
(現在の鹿児島県鹿児島市加治屋町)

身長:五尺九寸八分(179cm)
体重:二十九貫(116kg)
酒は弱く下戸であった。

*西郷の写真や名前などは色々な説があります。
写真は全く別人、名前も父親の名前と言われていますが、
今回は日頃よく見かける写真と名前を引用しています。

西郷隆盛のエピソード

倒幕の足掛かりになった薩長同盟ではないでしょうか?

薩長同盟とは薩摩藩と長州藩が結んだ同盟です。

【その内容とは】

一、戦いと相成候時は、すぐさま二千余の兵を急速差登し、只今在京の兵と合し浪華へも一千程は差置き、京阪両所相固め候事

一、戦、自然も我が勝利と相成り候気鋒相見え候とき、其節朝廷へ申上げきっと尽力の次第これあり候との事

一、万一敗色に相成り候とも、一年や半年に決して潰滅致し候と申す事はこれなき事に付き其間には必ず尽力の次第これあり候との事

一、是なりにて幕兵東帰せし時は、きっと朝廷へ申上げすぐさま冤罪は朝廷より御免に相成り候都合にきっと尽力との事

一、兵士をも上国の土、橋、会、桑も只今の如き次第にて、勿体なくも朝廷を擁し奉り、正義を抗し、周旋尽力の道を相遮り候時は、終に決戦に及ぶほかこれなくとの事

一、冤罪も御免の上は、双方とも誠心を以て相合し、皇国の御為に砕身尽力仕り候事は申すに及ばず、いづれの道にしても、今日より双方皇国の御為め皇威相輝き、御回復に立ち至り候を目途に誠しを尽くして尽力して致すべくとの事なり

長州藩のリーダーと言えば桂小五郎です。

桂小五郎の名言記事は➡こちら

西郷隆盛の名言

間違いを改めるとき、
自ら間違っていたと気付けばそれでいい。

そのことを捨てて、ただちに一歩を踏み出すべし。
間違いを悔しく思い、取り繕うと心配することは、
たとえば茶碗を割り、その欠けたものを合わせてみるようなもので、
意味がないことである。

幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。
およそ思慮は平生、黙座静思の際においてすべし。
己を尽くして人を咎めず。
我が誠の足らざるを常にたずぬるべし。

我を愛する心を以って人を愛せ。
自己を許すが如く人を許せ。
人を責めるが如く自己を責めよ。

志を貫くためには、
玉となって砕けることを本懐とすべきであって、

志を曲げて瓦となってまで、生きながらえるのは恥とする。
命もいらず、
名もいらず、
官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。

この始末に困る人ならでは、
艱難(かんなん)をともにして国家の大業は成し得られぬなり。

西郷隆盛の人間像と名言からその生き方の意味を考える

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西郷隆盛のイメージと言えば頑固で曲がった事が大嫌いでぶれない心の持ち主。

「間違いを改めるとき、
自ら間違っていたと気付けばそれでいい。

そのことを捨てて、ただちに一歩を踏み出すべし。
間違いを悔しく思い、取り繕うと心配することは、
たとえば茶碗を割り、その欠けたものを合わせてみるようなもので、
意味がないことである。」

自分自身の考え方や行動が間違っていると中々それを認めたくないものです。

失敗などで後悔し次の行動が出来なくなってしまいます。

西郷隆盛のこの名言から前向きな考えと行動力があったのではないでしょうか?

改めて、前向きな考えの重要さが分かりました。

西郷隆盛の名言から、そして意味から○○-まとめ

西郷隆盛の名言から人物像など考えてみました。

やはり、トップリーダーとしての条件はありました。

西郷隆盛という人物が上司だったら

仕事でもプライベートでも付き合いをしてみたいと思いました。

最後までご覧下さってありがとうございました。

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