馬場信春と武田家そして名言から成功哲学を学ぶ!?

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馬場信春は武田家に仕えた戦国武将です。
戦国時代、70回以上出陣し長篠の戦まで無傷という武将です。
馬場信春の名言から現在の成功哲学を考えてみましょう。

今回のお話は馬場信春についてお話します。

馬場信春の紹介

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生誕:永正11年(1514年)または永年12年(1515年)の二つの説があります。
死没:天正3年5月21日(1575年6月29日)

馬場信春は武田信虎、武田信玄と仕えましたが
信玄が計画した信虎追放計画に参加したとも言われています。
しかし、信玄の初陣など海ノ口城攻めに参加し大きな功績を挙げました。

武田信玄の名言はこちら

馬場信春の名言紹介

敵より味方が勇んでいるときは、それぞれ先を争えばよい。
味方が臆しているときは、自分一人が進んできっかけをつくる。

味方の中で手本になる人にふだんから親しみ
そのひとより働け。

敵の兜の吹き返しがうつむいていて、
背中の指物が動揺していないのならば
それは、剛敵であるから避け、弱い敵に向かってかかれ。

貧欲な武将として後世の物笑いになる。

武士は剛勇だけではいけない。臆病で味付けする必要がある。

馬場信春が登場したテレビドラマ紹介

1960年~NHK大河ドラマ:天と地
1986年~おんな風林火山
1988年~武田信玄
1991年~武田信玄
1992年~風林火山
2007年~風林火山
2008年~天と地

武田家との関係が深い馬場信春は武田家を題材にしたドラマに多く出てくる。

信春は武田家の四天王の一人と数えられる。

武田四天王は誰か?

武田四天王の紹介

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馬場信春

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内藤昌豊

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山県昌景

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高坂昌信

馬場信春のまとめ

馬場信春は戦国時代という時代に武田家に仕える事、40年の間に70回を超える戦に参加したが長篠の戦いまで無傷だったそうです。
名言から分る人物像は馬場信春は周囲に気を使っている人物であると言えます。
「敵より味方が勇んでいるときは、それぞれ先を争えばよい、味方が臆していれば自分一人が
進んできっかけをつくる」という名言から周囲に気を配りかムードメーカーの役割を果たしています。
この考え方は会社組織で必要な事ですし、生きていく上で周囲に気を配る事が何事も成功するノウハウと思います。

また、馬場信春の面白いエピソードか生まれた名言があります。
「貧欲な武将として後世の物笑いになる」という名言は永禄11年(1568年)駿河国侵攻で
今川氏が収集した財宝が消失するのを惜しんだ信玄が運び出すように命じた事を知った信春は
現場に駆けつけ運び出している財宝を火の中に投げ込んだ時に生まれた名言だそうです。
その時の信玄の言葉として「さすが7歳年上だけある」と信春の器量に敬意をはらったそうです。

今回は馬場信春のお話でしたが、いかがでしたか?
次回お楽しみに・・・。

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